最近、画像で気に入った作品を見つけると「こんな感じの画像を作りたいな」と思うことがあります。ただ、そのたびに頭をよぎるのが「これって、まねをしていることにならないか」という迷いです。
そんなことを考えていてふと思い出したのが、「学ぶ」という言葉はもともと「まねぶ(真似ぶ)」から来ている、という話でした。
「まねる」ことは「学ぶ」ことの入り口
好きな作品に近づけようとすること自体は、決して悪いことではなく、むしろ何かを身につける最初の一歩なのかもしれません。もちろん、そのまま丸ごと真似して自分の作品として出すのは違う話ですが、「良いと思うものから吸収する」という姿勢自体は、昔から人が学ぶときにしてきたことなのだと思います。
健康オタクとしての学びの楽しさ
学ぶことといえば、最近は医学についても調べています。といってもYouTubeを見ているだけですが…。もともと健康オタク的なところがあって、体の仕組みや医学的な知識を知れば知るほど、健康の維持にも役立つ気がしています。難しい分野ではありますが、知れば知るほど面白くて、気づけば時間を忘れてYouTubeを見ていることもあります。YouTube依存なだけか?
人生は自分で決めるもの、という気づき
そんな風に、YouTubeを見ていると、「生きることは、自分の人生を自分で決めることだ」という言葉が流れてきました。心理学でいう欲求段階説では、自己実現の欲求が一番上にあるとされていたと思いますが、好きなことを自分の意思で学び続けられている今の状態は、案外幸せなことなのかもしれないと感じています。
AIも健康オタクも、根っこにあるのは同じ「知りたい、学びたい」という気持ちなのだと思います。これからも、まねぶところから始めて、自分なりに学び続けていきたいです。


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